先日、こども虐待は紙一重・・・というコラムを書きました。

基礎研修の最終日でした。今回のこども虐待予防研修は、基礎2日、専門2日、合計4日という研修の中でも、かなり充実した内容です。午後からの「子ども虐待とDVは繋がっている」という内容はとても興味深いものでした。

日本の歴史を紐解いていくと、昔は子を生かすも殺すも親次第という過去があり、1995年に世界女性会議でDVと初めて名がついたとのことでした。今2012年ですから、17年前ということになります。私のイメージでは、明治、大正、昭和初期・・・テレビのドラマにでも出て来そうな、ちゃぶ台をひっくり返す頑固おやじはどこにでもいたような気がする。女は強者で、女は弱者という概念で育ち、父親は怖い存在で当たり前なのだと思っていました。

DVの家庭に育ったわけではありませんが、昔の父親像、夫像というのは、DVとギリギリ紙一重という人も多かったのではないかと思われます。

レジメをそのまま転記すると・・・
▲夫はしつけや愛情表現、夫婦喧嘩と思っている。
▲妻は、痛みを覚え、恐怖を感じている。
▲夫の立場に立てばDVは定義されない。
▲妻の立場に立てば、それはDVと定義される。

とありました。う~ん!なるほど・・・(-.-)
夫と妻との大きな意識の違いを感じます。

先生いわく・・・妻の心の中を玉ねぎのように一皮一皮剥いていった最後に、夫への「恐怖」があるのはDVですという言葉には、愕然としました。恐怖があるということは、いつも緊張がある。緊張は、生活する上でとても大きな負担があります。

弱者側の立場に立って、DVされている側がDVだと決めることができるという定義。・・・なるほどなぁ!と思いました。虐待と同じように、その感じ方はそれぞれ違う。グレーゾーンやイエローゾーン、レッドゾーンと、レベルは様々。

この講座を受けて思うことは、夫婦は対等であるという意識を両者が高めていくことが大切だとな感じました。

また、もうひとつなるほどと思ったことがあります。

家族はシステムであり、統合されていることが本来の姿なので、一部分が壊れるとシステムが混乱を起こします。その統合のために、システムをなんとしても維持するために、もし誰かが自己犠牲をはらっているのであれば、そこにDVも虐待も存在する。

とても考えさせられる内容でした。

家族というのは、作るのは簡単であっても、すぐに壊すことはなかなかできない。家族は、夫婦関係で全てが決まる。子どもの問題は、夫婦の問題である・・・先生の言葉には重みがあり、育った家族、作って来た家族・・・自分自身は、どうだったのだろう?と現実をありのままに振り返る時間でもあったように思います。

なんとなく、胸の中が重たい・・・。

原宿カウンセリング研究所所長 信田さよ子先生の本を読んでみようかと思いました。

著書
●父親再生
●加害者は変わるか?
●家族の悩みにおこたえしましょう

(ゆきの)